南高梅とは?
明治35年、高田貞楠(たかださだぐす)さんという元上南部村長の息子さんがおりました。
温厚な人柄、村を愛する心優しい青年です。
彼は所有する桑畑に、近所の人から購入した内中梅の実生苗(※1)を60本植えました。
毎日世話をし、大切に育てていましたある日のこと。
その中の一本からなる実だけ、紅色をさし美しく、さらに大きいということに気付きました。
貞楠さんは、その木を母樹として、丹念に育て少しずつその数を増やしていきます。
これが南高梅の起こりとなる「高田梅」です。
時が流れ、昭和6年のこと。
農業経営の成功を夢見る青年、小山貞一(こやまていいち)さんは、なんと門外不出であった「高田梅」の穂木を、高田貞楠さんより直々に譲り受けたのです。
貞一さんは、それはそれは一生懸命育てていたのですが、接ぎ木(つぎき)をしても、半分以上が育ってくれません。しかし、そんな苦労もものともせず、栽培を続け、どんどん梅畑を広げていきました。
それから数十年の時が過ぎ、昭和25年には、村内で「優良品種の梅さがし」なるものが始まりました。
貞一さんも、選定委員として大活躍します。
そしてその結果、高田梅は見事「最優秀」に選ばれたのです。
高田梅はこの後、「南高梅」の名称で種苗名称登録(※2)をするまでになったというのですからすごいですよね。
【※1】実生苗(みしょうなえ)
挿し木をして増殖した苗ではなく、実がなりそれが落ちて種となったものから芽がでたもののこと。
【※2】種苗名称登録(しゅびょうめいしょうとうろく)
植物の苗(種)には、実は権利があり、それらを保護する制度があるのです。(それを種苗法といいます)
品質向上、品種改良様々な苦労を重ねて作られたものを増やしていくことは可能ですが育成、改良をした方々が費やした労力や開発費用の回収を行わなければ、今後の発展には繋がり得ません。
そこで、育種の振興を図るために、育成者の権利を保護する必要性があるというわけです。
